明石城主 小笠原忠政公の甲冑を制作しました。


明石藩初代藩主 小笠原忠政公

小笠原家は元は甲斐に始まり、信州において一大勢力となった武家。清和源氏の流れを汲み、様々な庶氏をもつ歴史ある家柄です。

途中の長い歴史は省き、本能寺の変後、小笠原家は徳川家康と接近し信州の旧領を回復するなど、家康の信頼厚い間柄となります。大坂の陣では当主秀政、嫡男忠脩(ただなが)が討死するほど奮戦します。

その功あって、次男であった忠政公が家督を継ぎ、播磨明石10万石の領主となります。将軍秀忠の指示により、明石の地に明石城を築城しました。

忠政公の甲冑 ”毛抜威胴丸具足”

小笠原忠政公も大坂の陣に出陣していました。父や兄が討死するほどの激戦ですから、忠政公もかなりの負傷をしたようです。この甲冑も”血染め”の甲冑として有名で、小倉の福聚寺様の所蔵です。(写真は購入した図録より掲載)

明石市立文化博物館 特別展示「大坂夏の陣と明石藩成立」図録より

模写ではなく、オリジナルとして制作しました

今回、この毛抜胴丸具足を参考にして、いわゆる”模写”ではなく、いくつかの点でオリジナルに変更を加えて制作しました。

基本は当甲冑のさまざまな写真と「大坂陣着用甲冑覚書」記載の文章を参考にしました。

忠政公御甲冑

胴中通リヨリ上ハ鶉巻フスベノ革包ニテ、モエギ糸ノ簾掛也、中通リヨリ下ハ銀 小実モエギ糸ノ毛引ニスル、下散ハ朱塗啄木ノ糸ノ簾掛ナリ、兜ハ三枚ハリノ頭形黒塗ニテ正中ニ立テモノアリ、𩊱ハ錆色ノ革ヲ以テ包ミ黒糸毛引也

大坂陣着用甲冑覚書

兜は写真には無いですが実際には越中形の兜鉢に頭立ての角元がついているようなので、そちらを参考にしました。立て物はいろいろ悩みましたが、とりあえず越中具足のデザインを引き継いでいるのだろうとの想像と、大坂の陣合戦頭屏風に書かれた図を参考にし、鳥の羽根の頭立てにしました。(山鳥は高いので、別の羽根を使用しています)

明石市立文化博物館 特別展示「大坂夏の陣と明石藩成立」図録より

あと変更した点は、籠手の篠の色は本歌は黒のようですが、ちょっと地味に感じたので朱に変えました。脛当は現存していないようなので実際は不明ですが、全体のデザインからこちらも朱にしました。

本歌にある頬当ては間に合いませんでしたが、制作予定です。

袖は本歌にはついていませんが、おまけに制作してみました。

明石城で小笠原忠政公になりませんか?

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武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

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