【播磨活性化】西国街道を歩く(東加古川~加古川編)


本日は、先日の加古川時代隊に続く、播磨活性化イベント「西国街道を歩く」

東加古川から加古川までの区間を歴史スポットを見ながら、昔の人と同じように歩いてみました。
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朝10時に、東加古川駅に集合し、スタートです。
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まずは、いきなり西国街道を外れ(笑)、北へ少し向かって横蔵寺。
仏師の運慶・湛慶親子の出合いの物語が語り継がれているお寺で、横倉城跡でもあります。
三木別所氏の祖となる人が築いた城だそうです。
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そこから南下し、JR線路を渡って、イオンの北側を抜けます。
西国街道はイオンの真ん中を抜けているのですが、通れないので仕方なし。

大きな団地を抜けると、ようやく本来の西国街道に入ります。
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そして、すぐに見えるのが野口神社。
ここはかつて野口城の城域でもありました。
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街道筋には、こんな道標がぽつぽつあるんですね。こういうものから、かつてこのあたりに何があったのか、どこへ道がつながっていたのかもわかりますね。
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その野口城跡もすぐ近くにあるんです。たまたまいらっしゃった自治区の方とお話しし、このお宮を守り、看板や鳥居を寄付で新調するなど、保存に手を尽くされております。
ここや野口神社を含め、南は2号線の方までかなり広い城があったようです。このあたりの住所を見てみると、どこになにがあったのかわかるよ!と教えていただきました。
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また、その近くのあぜ道、散歩道の脇に、しずかにあるのが野口城主長井氏のお墓です。
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その西側に目立つのが、教信寺。
このあたり、野口、坂元地区で古より大きな影響力をもった勢力でした。
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すこしまた街道を外れて、南下。
加古川で唯一の蔵元、岡田本家さんへ向かいます。てくてくてく・・・。
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と、その前に、岡田本家さんのすぐ手前にあるのが、細田構居(城)跡。
かつて、船橋五郎左衛門という人が、三木別所の傘下としてここを居城としていたようです。
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岡田本家さんでは、今回のメインイベント(?)である、お酒の試飲をたっぷりと (笑
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さらに、お店の方に蔵元の歴史もお話しいただきました。
この場所自体がかつての米蔵を活用したところで、おいてある椅子は天皇がお座りになられたものです。
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酒造りや蔵もご案内いただき、堪能しました。
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ほろ酔い気分で、街道に戻ります。
ちょっと、この時間帯になるとさすがに暑くなってきました・・・・。

戻ると、最初に出会うのが宝篋印塔。
和泉式部のお墓と言われていますが・・・・築年代は南北朝・・・・?
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そのすぐ隣には、播州でも名水のひとつだったという、下居の清水。
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そして、いつもJRから見ていて、気になっていたお寺。龍泉寺。
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最後に、胴切れの地蔵さん。
なぜか看板が2つあります。内容を見ると、互いに違う言い伝えです。
どっちが正しいのでしょうか・・・・・?
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ココを過ぎると、マルアイ、GUのある所に出てきます。
さらに歩き続けると、寺家町商店街に入ります。

全行程、実質3時間くらいでしょうか。
今日はくもりでラッキーでした。

次回は、どこの区間を歩こうかな???
ご興味ある方は、ご参加ください!


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衆長

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武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

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