【加古川武将隊】加古川の城「中道子山城」に登る。


【加古川武将隊】ホームページ


今年の初出陣は、加古川は志方の城山、「中道子山城」!
参陣は、加古川城主:糟谷武則と謎の白武者。

中道子山城って、どんな城?】

本年度、最初の出陣となりましたのは、加古川は志方の城山、「中道子山城」。南北朝期に赤松円心の子である氏則が築城した・・・というのが看板にも記載があるのですが、実際のところは断定的なことがまだ言えない状態のようです。(孝橋家の築城説など)

遺構の詳細は専門家のページで見ていただくとして、山頂近くから石垣や土塁、井戸、門跡、郭、米蔵などかなり良好なものが残っており、兵庫県下でも有数の史跡になります。

「中道子山城」(戦国記録帳)


 

【中道子山城の危機】

そんな加古川の誇るべき史跡が、いま危機を迎えています。
最近、この史跡内、本丸付近に鉄塔の建設が始まってしまいました。防災用とうたっているようですが、実際はわかりません。
いずれにしても、建物を建てるということは、史跡を部分的に破壊せざるを得ません。

下の写真のような資材運搬レールがすでに敷かれており、建設は進んでいます。

 

 


 

「中道子山城ハイキング」!!

そういう課題のある加古川にとって重要な史跡を「見て、学んで、体感しよう」ということでハイキングツアーが開催されました。(2017年4月1日)

城や考古学などの専門の先生方のお話をいただきながら、城跡を巡る贅沢なツアーでした。
加古川武将隊は盛り上げ役として、山頂で参加者を待ち伏せしておりました。

<スタートは「花の円照寺」様から>

円照寺様では、すでに色とりどりの花が咲いており、我々ツアー陣以外にも多くの方々訪れられておりました。

ちなみに、円照寺様には秀吉が島津攻めの際に持ち帰って来たという陣鐘がありますので、こちらも必見。

円照寺様をスタートした参加者のみなさんは、先生の解説を聞きながら、ゆるりと史跡を1つ1つ見て回り、山頂本丸へ。

<本丸にて、行厨!(昼飯)>

本丸までおよそ1時間半ほどで到着。腹が減った参加者はここで行厨(陣中飯)をとることに。

おもひでに、記念撮影。

そのうち、行軍が遅れた廉により、何名かを討ち取りました。

<過酷な?!!下山>

その後、参加者は下山するのですが、いわゆる旧道を通ったようです。距離は短いのですが、急な山下りになります。前日の雨で地面が多少ぬかるんでいることもあり、きっと、足を取られて手をついた人もいたはずです。(拙者も、以前やられました)

<円照寺様で「赤松」のお話を聞いて、〆>

最期は、円照寺様まで戻り、一服の後に飯沼先生による赤松家のお話。ここで、中道子山城がそもそも誰の築城なのか、赤松との関りは・・・?というお話をいただきました。


おわりに・・・。

一応、加古川武将隊は山頂近くまで鉄馬で登り、そこから本丸へ向かったのですが、それでも上り下りでだいぶ足腰に来ました・・・。精進せねば、この先の合戦もままならぬ・・・。

 


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武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

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