龍野城甲冑展2016年2月

「サムライコードが残る町」龍野。

脇坂家の城下町が現代に残る、この町で甲冑展がありました。

「ホンモノ志向」の龍野らしく、レプリカだけでなく、個人所有の”ホンモノ”の安土・桃山時代や江戸期の甲冑が展示してありました。
しかも、”お触り可”(もちろん、そぉっとね)であるのが、ほかの博物館等とは違うところ。

ただ見るだけでなく、”触る”ことで、あの時との時間がグッっと縮まります。

2016-02-06 13.35.18

 

勝手な独自目線で見るのでご容赦ください。

甲冑の胴は体の構造に合わせて作ります。前胴はお腹が出た形に合わせて、そして後胴は背中の筋肉の形に合わせて湾曲させています。高級武士向けですが、こういった細かな装飾も職人技を感じますが、こういう装飾は江戸期以降の戦の無い時代の復古調と言われるものが多く、好みではありません・・・。
2016-02-06 13.38.01 2016-02-06 13.38.14

これは旗指物を差すための道具で「合当理(がったり)」「受け筒」「待受」と言います。
典型的な形ですね。
2016-02-06 13.39.182016-02-06 13.39.282016-02-06 13.46.18

左から2番目のように、筒をすっぽり入れてしまう「待受」もあれば、下のように充て座布団とそこから紐が出ていて、筒のくぼみで縛って留める形もあります。
2016-02-06 13.46.34

これはモノホン甲冑の左後ろの脇胴の部分。五枚胴で蝶番に細い棒を差し込んで繋いでいますね。
脇当の部分が1か所だけ威し糸で固定されています。それ以外の部分はどうなってるんでしょう。本来は、L字型に威し糸で留めているはずなんですが・・・。
2016-02-06 13.39.592016-02-06 13.40.07

これは四国高松藩の松平公着用とのこと。先ほどの典型的な江戸期の復古調の甲冑です。
袖を軽く持ってみましたが、想像通りの”鉄”の重み。ずっしりきます。
これを着たら、歩くだけでも大変だと思います。やはり実用性はこの時代には不要だったんでしょう。
2016-02-06 13.44.012016-02-06 13.44.08

さて、先に進みますが、甲冑が整然と並んでいる姿は、見ていて楽しくて仕方ありません。
2016-02-06 13.47.06 2016-02-06 13.44.42

さて、兜にもいろいろあり、前や後ろ、両脇に立て物を差し込むものや兜自体の形を変えてしまう「変わり兜」というものもあります。これは頭を桃のような形した「桃形兜(ももなりかぶと)」。
4~5枚の鉄板をつなぎ合わせてこのような形にしています。
2016-02-06 13.45.31

甲冑で腕を守るものを「籠手(こて)」と言います。
籠手にもいろいろ種類があるのですが、上等なものであれば鎖帷子で全体を覆っています。
ちなみに、鎖の編み方もさまざまで、これは四入ですね。
2016-02-06 13.50.08

最期に、どちらかというと足軽からちょっとえらいくらいの方々の甲冑。
写真は2枚胴で両脇で留めるタイプ。小鰭(こびれ)という首と肩口を守る布もついており、板札の間を鎖帷子で繋いでいます。下っ端足軽のものではないですね。手が込んでいます。

2016-02-06 13.51.05

 

そんな、サムライたちがまだいる町、龍野。
本当に風情があって、良きところです。
DSC_0790 DSC_0907

 


The following two tabs change content below.

衆長

衆長武楽衆
武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

衆長

武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です