設楽ヶ原・長篠古戦場を体感する その2


設楽ヶ原・長篠古戦場を体感する、その2です。

前回は、東側の織田勢の陣所から南北へ移動しつつ、馬防柵、連吾川を渡って、武田勢の陣所、設楽ヶ原資料館などを1つ1つを回ってきました。

今回は、武田勢の背後から長篠城までの現地調査です。

藪って入れなかった武田勝頼陣所の入り口前の道路を東へ直進すると、151号線にぶつかります。
そこに面した小高い山が勝頼第二陣所。
そこへ行ってみると・・・??
どうも工事が進んでいるようで、それらしいものが消えていました・・。どこか別のところにあったのかなぁ・・・。
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時間も限られているので、少し探し回った後、諦めてさらに東へ。

鳥居駅の踏切を渡り、進むと新昌寺というところに、長篠の英雄、鳥居強右衛門と武田方の武将の墓碑があります。
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さらにさらに東へ行くと、長篠城の南側に出ます。
そこには、鳥居強右衛門が磔にされていた場所があります。
自分の死ぬかもしれない、いや、死ぬとわかって、それを選択する。その時の強右衛門の心情はどうだったのだろうかと、思いをよせます。
本当に城内の仲間を思って死を覚悟して叫んだのだろうか、それほどまでに一人の将兵が戦の勝利に固執するだろうか?
結果としてそうなっているように、英雄になりたかったから?でも、その時に戦に勝とはわからないし、英雄扱いされるかどうかも確証はないから、これは考えにくい。
となると、やはり戦に勝ちたい、軍の役立ちたい、敵の言うままに従いたくないという武士の心得のようなものがそうさせたんでしょうか・・・。鳥居さんに聞かないとわからんね。
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このすぐ先には、牛渕橋という橋があり、ここからの長篠城の眺めは1つの写真スポットです。
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で、いよいよ来た道を戻り(このあたり、設楽ヶ原から移動で、もうヘトヘト・・・)、長篠城へ。
時間が夕方近かったので、先に資料館へ。
多くの武具甲冑が展示してあり、じっくり見たかったのですが、帰りの時間もあるので、後ろ髪引かれながら、城の方へ。
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ん~~~~~、飯田線よ、なんで城の中をつっきるかね・・・・迂回ルートとかなかったのか。
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最後の最後に、長篠城から東へ5分ほど早歩きしたところにある、武田勢、馬場美濃守信房のお墓参り。
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ぷぅ・・・・設楽ヶ原・長篠の体験その1からここまで、1日でまわったのですが、さすがに額の「肉」の字が真っ白です。腰に重りがついています。限界です。

長篠駅から明石まで帰ります。
青春18きっぷを使います。ので、長篠~豊橋、豊橋からは名古屋、米原、西明石と新快速の乗り継ぎの旅、およそ5時間くらい?これはこれで地獄です。
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衆長

衆長武楽衆
武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

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