加古川城主、糟谷武則


加古川駅から南西に徒歩15分ほど。
幹線道路を少し入ったところに、称名寺というお寺があります。
ここがかつての加古川城。
城主は糟谷(加須屋)武則。
糟屋氏は、秀吉の播磨攻めの時、兄弟がお家を残すために敢えて敵味方になります。
兄の朝正は三木城で討ち死に、弟の武則は秀吉配下となり、有名な「加古川評定」の舞台をつくります。
その後、賤ヶ岳の戦いで活躍し、七本槍の一人となったことはご承知のこと。
称名寺には、裏に糟屋武則公の墓所もありますので、加古川の英雄のお墓詣りをしてみてください。
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武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

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