播・美・備の国境、上月城


播磨、美作、備前の国境である要衝の地、「佐用(さよ)」の城攻めをしてきました。
まずは、かつて尼子勝久、山中幸盛(鹿之助)が非業の最期を遂げた上月城。
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 古くは鎌倉期から戦場となっている城です。
この城の周囲には、複数の城や砦がありますが、さすがに車がないと回り切れません。
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ここからが登城口。
目の前に上月歴史資料館(200円)があり、そこでパネル展示を見て少し勉強してから上ると良いですね。
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登山口からちゃんと整備された登山道を上ること約20~30分かな。山頂、本丸につきます。それほどつらくない登山です。
山頂には、尼子一党ではなく、秀吉に攻め滅ぼされた赤松政範の供養塔が建っています。
この時、秀吉は城将や女子供ことごとく処刑し、国境付近に見せしめにしたと残虐な言い伝えが残っています。
赤松政範の碑の側面には、その時救援に駆けつけた宇喜多廣維勢3000騎の名が刻まれております。
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最初の登山道を右側に沢沿いに入るとすぐ、尼子一党と山中鹿之助の追悼碑が立っています。
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帰りに見つけたEV QUICK。
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武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

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