官兵衛がいた、山崎城。


宍粟の中心部、山崎町に、近世城郭の平城、山崎城があります。現在は、本多公園となっています。
山崎城は、宇野氏の居城笹の丸城が落ちた後に、姫路の池田輝政の子、輝澄が入って築城したとされています。
その後、本多家が入り、陣屋として完成させ、明治維新までこの地を治めました。

公園の駐車場に車を止め、中に入ると、門が遺構として残っています。
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資料館がありましたが、どうも入れるような雰囲気ではありませんでした・・・。2015-10-01 14.55.53

城域は、こんな感じ。本丸、二の丸、三の丸の3つの郭を並べた連各式。
揖保川の水を引き込んで堀とし、北側には城下町を形成していたようです。
あたりを歩きましたが、当時のものかどうか確証がありませんが、石垣がありました。
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ちなみに、ここにある図書館の2階が博物館になっており、戦国以外も含め、様々な資料を見学できます。(無料)


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武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

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