播磨の太守、別所氏の居城、三木城。

播磨三木の別所氏は、赤松家の庶流であり、秀吉の播磨攻めの時にも強大な勢力を誇っていました。
小野、加西、加東、加古川、明石など周辺の勢力はほとんどが別所氏の配下となり、支城としての位置づけとなっているケースが多いです。

その別所氏の居城が三木城。英賀城、御着城とならぶ播磨三城と言われる大きな城でした。

神戸電鉄線の三木上の丸駅を降りたら、目の前です。
北側の美嚢川近くの入り口から入りました。(もう1つ南側の保育園の方から入る道、上の丸稲荷神社から入る道もあります)
狭めの階段を上がると、目の前に城壁がそびえたちます。
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上がるとすぐに主郭部。井戸があります。井戸から鐙が出土って、なんでそこに?
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三木城の概要図です。今いるのが本丸ですが、周辺の郭だけでなく、南の鷹ノ尾城や八幡神社上の砦なども含めて、全体として防備の構えを備えていたことがわかります。2015-11-28 17.00.02

 


本丸です。長治公の辞世の句の碑があります。
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南には鷹ノ尾城があります。
市役所の駐車場入り口すぐに上る坂道があり、その先に城の入り口があります。
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ここ入り口?みたいな看板の裏側から入ります。すると、なんということでしょう。
結構土塁や郭がわかる形で残っています。本当は市役所の先の方まで続いていたとおもいますので、なかなかの規模だったと想像できます。
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三木城自体は、残念ながら当時の迫力は感じれないほど、遺構は限られたものになってしまっています。
聞くところによると、何年かかかるかわからないが、秀吉の付け城も含めた城遺構をすべて元に戻す(というのがどういう状態に戻すことなのかまではまだ不明ですが・・)ということを市長が方針として出しているらしいので、それが進むのを見守る、いや何か積極的にお手伝いで来たらうれしいものです。


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武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

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