織田家の播磨攻め

このサイトでは耳タコくらい書いている播磨の戦国大合戦「三木合戦」。
播磨勢の中で有力勢力だったのが、御着城主の小寺家。元は赤松家の重臣で姫路を居城としていた。(当時の姫路城は小さな砦くらい)
その後、応仁の乱あたりから御着に拠点を移し、天川を堀とした巨大な城郭、総構えの城で播磨の最大城の1つに数えられた。

織田家の中国地方方面軍・羽柴秀吉は播磨攻めを行い、この城も南側にある「火山」に陣を構えて攻撃を行ったという。なお、その際は攻撃は失敗し、体勢を立て直した後に落城させている。(落城といっても、実際は当主・小寺氏は安芸へ逃亡しており、家臣が戦っていたのみという)

いまは、工業団地の中にあり、御着南山公園として遊歩道があるハイキングコースになっている。下から15分くらいで頂上へ登れます。天気が良ければ姫路城も見ることができます。


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