岡山の林原美術館に、竹中半兵衛重治公が所用と伝わる「鱗鎧」があります。
今回、池田家の秘宝を見たく、訪れました。

竹中半兵衛重治公

竹中半兵衛といえば、黒田官兵衛と並んで「両兵衛」と言われた、羽柴秀吉の軍師。
元は美濃の国、斎藤家の家臣だったところを織田信長の美濃攻めの際に秀吉が「三顧の礼」をもって味方にしたという話が良くドラマでも描かれています。

秀吉が近江長浜城主となり、その後各地を転戦・武功を上げていく大きな力となりました。
そして播磨三木城の別所攻めの際、平井山の秀吉本陣のすぐ隣で陣を張っていましたが、ここで病魔に襲われ、命を落としました。
三木平井山には竹中重治公のお墓があり、毎年供養祭が行われています。

竹中半兵衛重治公の魚鱗札二枚胴具足の兜。

竹中半兵衛重治公の甲冑は大原美術館さんが所有とのことで、このたび修復が完了し、15年ぶりに公開とのことで、ラッキーでした。

備前刀展

「備前刀展」を特別展としてやっていたのですが、それはそれ、あとは常設展を見ようと思ったのですが、こちらは常に企画展をして展示品を入れ替えているようで、この展示以外は残念ながらみれませんでした。

私は刀にはあまり興味がなく、刀剣女子のみなさんが必死に解説を聞かれているさなか、流れるように見て回りました。とはいえ、それは誰が持っていたのもか、どの戦いで使われたものなのかなど「ストーリー」があると、とたんに興味がわきます。

一つ目は、播磨赤松家の家臣だった浦上則宗が作らせた脇差。

2つ目は、尼子家家臣の宇山家が作らせた薙刀。尼子家復興戦で使われたのでしょうか。



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