東播武将隊(明石・加古川・三木・高砂)


東播武将隊は現在、明石・加古川・三木・高砂といった東播磨を中心におもてなし活動を実施しています。

地元の方には誇れる中世・戦国の歴史を知っていただき、観光に来られる方には播磨地区の歴史と魅力を少しでも感じていただけるようになればと思っております。


かつて、東播磨は三木城主別所家(播磨守護・赤松氏の重臣)の元、一帯となって領地を治めていました。

明石には、明石氏(枝吉城)、間嶋氏(福中城)、衣笠氏(端谷城)、神出氏(神出城)など、加古川には、糟谷氏(加古川城)、神吉氏(神吉城)、櫛橋氏(志方城)、長井氏(野口城)など、高砂には梶原氏(高砂城)といった各地の国衆がいました。

その国人たちには、そこにいる歴史があり、赤松・山名・浦上の争い、織田・毛利との板挟みを生き残るためのドラマがありました。

全国の城・寺社をチェック!! 「戦国記録帳」のトップページにある地図をご参照ください。


<武将隊メンバー>

メンバーは総勢7名(2018年11月現在)
*メンバーと武将名は固定しておりません。(白武者、櫛橋伊定のみ自前甲冑のため固定です)

 加古川城主(称名寺) 糟谷朝正&武則

糟谷家は鎌倉時代、源平合戦の恩賞としてこの地を与えられて以来、この地を治めた国人。織田・毛利との争いの時、東播磨地区は三木城別所氏の配下にありました。兄・朝正は三木城に籠城、弟・武則は秀吉方となり、家名を存続させました。
武則は秀吉と柴田勝家が激突した賤ケ岳の戦いで武功を上げ、「賤ケ岳七本槍」の一人として賞賛されました。

 謎の白武者

全身、純白・大きな鍬形の前立てと古式調の大袖甲冑姿の謎の白武者。
面頬を外した姿を見たものはいない。

 志方城主(観音寺) 櫛橋伊定

櫛橋家は源平合戦後に志方の地を領した武家。播磨守護、赤松家の重臣であり、嘉吉の乱やその後の南北朝期の赤松復興の合戦に、常に赤松方として参戦し、忠義を尽くしている。一方で、西播磨の御着小寺家の家臣、黒田職隆の子、官兵衛と娘の光(てる)姫を縁組させている。
三木合戦時は別所家配下として戦い、攻め寄せる織田家の大軍と戦った。落城後、黒田家の家臣となっている。

その他

隊長(明石)

T山殿(加西)

M田殿(加古川)

M殿(神戸)

製作中の甲冑

神吉城主 神吉頼定

野口城主 長井政重

三木城主 別所長治

明石城主 小笠原忠政

高砂城主 梶原景行

*隊員は自前の甲冑の者とお貸し具足の者がおります。よって、お貸し具足の者はいつも同じ甲冑姿とは限らず、いろんなメンバーが都度様々な甲冑を着用します。

*東播の武将たちをデザインした甲冑を鋭意制作・追加しておりますが、そのデザインは一部の軍記物などに出てくる僅かな表現を元に隊長が創造したものです

 


<隊員募集中>
加古川武将隊は、加古川で活躍した武将たちに敬意を払い、その歴史を少しでも多くの人たちに知ってもらうために活動しています。

共感し、一緒に活動してくれるメンバーを募集中です。ご興味のある方は、お気軽に「お問合せ」までご連絡ください。

*活動内容は特に決まっていませんが、概ね下記のような内容になります。

・各地の武者行列などのイベントへ甲冑を着て参加

・加古川市内でのイベント企画と実施


<活動状況>

2018年09月 加古川びぃぷらすにて「加古川武将隊展示会」開催

2018年05月 三木「別所公春まつり」に参陣

2017年07月 姫路城甲冑隊様と一緒に姫路城でおもてなし

2017年05月 三木「別所公春まつり」に参陣

2017年04月 志方町「中道子山城ハイキングツアー」に参陣

2016年12月 宍粟山崎「長水城まつり」に参陣

2016年12月 加古川寺家町商店街 年末「誓文払い」にて武者行列(姫路城甲冑隊様の援軍)

2016年11月 太子町「太子あすかふるさと祭り」に参陣

2016年07月 加古川寺家町商店街 第100回蚤の市にて武者行列

2016年06月 加古川武将隊 発足