南禅寺内、真乗院

山名家は宗全よりも前の時代、足利家で武功を立て、南北朝期に巧みな政治手腕によって、12か国の守護となり、「六分一殿」と言われるほどの大大名となる。
室町幕府では四職の1つとなり、山名宗全持豊の時代には、嘉吉の乱で四職の1つ、赤松氏を滅ぼした。
その後細川家と対立し、応仁の乱を引き起こした。

宗全は70歳に近い年齢まで、当時としては長寿を全うした。


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