京都、秀吉を祀る神社 豊国神社

(Wikiより)
慶長3年8月18日(1598年9月18日)に亡くなった豊臣秀吉の遺体は火葬されることなく[1]伏見城内に安置されていたが、死去の翌年の1599年(慶長4年)4月13日、遺命により東山大仏(方広寺)の東方の阿弥陀ヶ峰山頂に埋葬され(『義演准后日記』・『戸田左門覚書』))、その麓に高野山の木食応其によって廟所が建立されたのに始まる。

神社内には、大坂の陣の発端となったことで有名な方広寺の釣り鐘があります。
また、宝物殿には加藤嘉明に送られた書状付きの秀吉の歯や大仏殿があった当時の絵図などなどを見学できます。

ここから北側の阿弥陀ヶ峰山頂にある秀吉の墓、麓の国松と松の丸殿の供養塔、南の公園にある耳塚などと一緒に回ってください。


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