関東争乱の舞台

権現山城は1510年の権現山の戦いの舞台となった場所。
当時の城主、上田氏は扇谷上杉氏に反旗を翻し、伊勢宗瑞(北條早雲)と手を組んだ。
しかし、上杉氏の大軍に抗しきれず落城した。

現在は幸ヶ谷公園として整備されており、古い看板が残るのみ。
近くの神奈川台場を作るときに大量の土を持っていったようで、地形も原型はないであろうと思われる。

ちなみに、線路を挟んで向かいに青木城があり、当時は全体が1つで堀切で切ってあったともいわれる。


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