実は教養ある武将

松永久秀は13代将軍足利義輝の執権三好長慶の重臣。一般的には、将軍足利義輝を弑逆、東大寺大仏殿を焼き払い、最期は信長に背いて名物茶器九十九釜と共に爆死したという暴れ者という印象が強い。

しかし、実は非常に教養もあり公家ともパイプのある品格ある武将であったという。
ここはもともと松永久秀の屋敷があったところとされています。
久秀は本圀寺の檀徒であり、松永家の先祖代々供養のためにこの地を寄進したとのこと。

お墓には松永久秀とその子、久通の戒名が書かれています。


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