いまは神社

播磨鑑には、領主は魚住、赤松政村の時代なり とあります。
現在は小さな神社となっています。
目立った遺構は目検はできませんが、目の前を比較的大き目の川が流れているので、当時は自然の堀としていた可能性は想像できます。
よく見ると多少、本当に数十センチレベルですが、高い位置に神社はあると思います。


コメントを残す