三木合戦の舞台、加古川・志方城

加古川の北部にある「志方(しかた)」。
宝殿駅から徒歩30分(バスの方がいいです・・・)。 志方小学校の南に観音寺があります。

ここは戦国時代、櫛橋氏という武家が治めていた志方城跡。この櫛橋氏の光(てる)姫が姫路城の黒田官兵衛の妻となりました。
加古川駅の南側出口にあるパネル「てるひめちゃん」がその人です。

大河でも描かれていましたが、櫛橋氏は途中で織田方から毛利方に寝返った結果、秀吉により攻め落とされました。寺の裏手には一族のお墓があります。

ちなみに、お寺があるところが本丸跡。そして小学校は二の丸跡に建っています。お寺と小学校の間には大きな段差がありますが、これが当時本丸と二の丸を区切っていた切岸(きりぎし)の名残だろうと思います。あと、お寺のすぐ東側には当時は加古川の支流が流れ込んでいて船で出入りができたようですよ。いまとなっては信じられませんね。


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