運慶・湛慶父子出会いの伝説 横倉城(横蔵寺)


東加古川駅を北に出て、2号線を超え、川崎重工の社宅の向い(385号線の反対側)に、横蔵寺があります。左側にお墓を見ながら進んでいくと、横蔵寺の山門にたどり着きます。
ここは、かつて横倉城という城でした。

お寺の中には当時を知ることができる遺構は無いようですが、入り口の駐車場とその裏手の畑の周りを土塁が巡っており、これは当時の土塁が残っているものと思われます。

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この城に関する歴史はあまり詳しく残っていないようです。築城者は別所頼清の末裔で野口新十郎厚躬という方らしい。

運慶・湛慶、出合の伝説

このお寺は鎌倉の時代、仏師運慶が九州から遠く東北の父子に会いに行き、息子と会いたくなって帰るがてらに観音様から左半身を創って西へ迎えと言われ、一方息子は父に会いたく観音様に祈ると右半身を創って東へ迎えという。かくして、二人は加古川野口あたりで出合、互いの仏像を合わせるとまるで一人で彫ったかのようにぴったりであったという伝説。

横蔵寺さんのHPには、この伝説の他、かつてより由緒正しきお寺であった旨が記載されておりますが、横倉城については記載がありません。秀吉によって焼き払われたというのみ。


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衆長

武楽衆の衆長です。 日本全国を戦国リアルシュミレーションの舞台とする野望を追究します。

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